【書評・感想】2020年政界引退、ホセ・ムヒカについて知る『悪役』他2冊

2020年10月20日、ウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカは政界引退を発表しました。私がそれを知ったのは、これらの本を読んでいる最中の11月でした。新聞の中の、小学生向けにふりがながふってある記事のコーナーで。2016年に来日した時の写真が載せてあり、ムヒカは目を細い月のようにして笑っています。私が惹かれる、最高の笑顔なのです。

 

ホセ・ムヒカといえば、元ゲリラ闘士、4度の投獄、独裁下で拘禁13年。刑務所から2度脱走、6発被弾しても死なず。任期中の給与の9割を貧困層への寄付にあてた第40代ウルグアイ大統領。愛称ペペ。趣味は園芸。読書家。マテ茶。妻のルシア・トポランスキ上院議員、三本脚のマヌエラらと共に暮らす。2012年リオ会議でのスピーチで一躍有名になり「世界でいちばん貧しい大統領」として知られ、日本では絵本にもなっています。

 

くさばよしみ編『世界でいちばん貧しい大統領からきみへ』(汐文社、2015年)

漢字にはるびがうってあります。小学校高学年向け。ムヒカの発した言葉のエッセンスが、ほのぼのとしたイラストとともに紹介してあります。

 

よく考えてほしい。
きみが何かを買うとき、
お金で買っているんじゃないってことを。
そのお金を得るために費やした時間で、買っているんだよ。(本文より)

 

アンドレス・ダンサ、エルネスト・トウルボヴィッツ著、大橋美帆訳

『悪役 世界でいちばん貧しい大統領の本音』(汐文社、2015年)

私の読書所要時間は、約4時間。ラテンアメリカの要人など、普段聞き慣れない名前がたくさん出てきて、頭で整理するのに時間がかかりました。事前に、『ホセ・ムヒカ日本人に伝えたい本当のメッセージ』を読んでおくと、ムヒカが花売りをしていたセーロ地区のペルー通りやかつて収監されていたプンタ・カレータス刑務所(改装して大型ショッピングセンターになっている)の写真が載っていてイメージが湧きやすいし、ムヒカの経歴がわかってよかったです。

 

萩一晶『ホセ・ムヒカ日本人に伝えたい本当のメッセージ』(朝日新聞出版、2016年)

筆者は、2016年春のムヒカ来日時、彼の独特な幸福論が「貧乏でも幸福になれるんだ」という類いの幸福論として誤解される場面があり、彼の一番伝えたかった言葉はほとんど伝わらなかったのではないかと憂いて、歴史の生き証人であるムヒカについて解き明かしています。

 

ムヒカの愛車、薄いブルーの87年製フォルクスワーゲンのビートル。アラブの富豪が100万ドル払うと購入を申し出たという噂は本当らしく、「友人たちからもらった大事な贈り物だ。贈り物は売り物じゃないんだよ。」とお金ではないものを価値基準にしているムヒカの姿が浮き彫りになります。

 

ムヒカは、本は書かないそう。「話しながら考える。書きながら考えたりはしない。」とのことです。ムヒカは言葉を巧みに使います。自分でも「詩人のなりそこない」(『悪役』より)だと形容しています。歩く哲学者のようなのです。

 

異端児(オベハ・ネグラ)、ホセ・ムヒカ

私がこれらの本を読もうと思ったきっかけは、映画『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』(2020年、日本)という映画が公開されていたから。映画館には行かずまだ観ていないのですが、大統領任期中やその後の当時、世界中で大人気だったムヒカをやっと思い出したという感じでした。確たる信念を持ち、それを世界に伝えようとしたムヒカについて、遅ればせながら知りたくなりました。

 

風変わりなムヒカとその暮らしぶり。儀式を重んじず、大統領就任式ではたすきはいらないと言い張ったそう。結局、きちんと採寸できずに長いたすきをかけることになったらしいのですが。私はこの本書のはじめの方を読んだ時、たすきくらいかけてもいいじゃないと思ったのですが、読み進めるうちに、ムヒカには確固たる信念があり、それに基づいて発言、行動しているということが如実にわかるようになってきました。

 

「世界でいちばん貧しい大統領」なんてあだ名を付けられて、ときに人とは違う行動をとることで目立ち、こちらの言うことは聞かないムヒカ。でも、ムヒカは自分自身に対して誠実であるだけなのです。それは、周りの人に対しても。彼は、異端児(オベハ・ネグラ)なのです。

そしてもう一つ、本文によるとムヒカは、

政権を握った無政府主義者(アナーキスト)なのだ。p102

 


罪悪感のようなものを感じながら政権を生き、そのメカニズムの一部を疑問視しつつ、権力を行使することにも強い関心を持っている大統領。無秩序を生み出し、そうすることさえ楽しんでしまう、歩くパラドックス。p102

 

先見の明があるホセ・ムヒカ

ムヒカは、2010年から2015年の大統領任期中に同性婚、人工妊娠中絶、政府管理に基づくマリファナの栽培と販売の合法化を成しました。2017年製作の映画『ハッパGoGo〜大統領極秘指令』(原題『Get the Weed』ウルグアイ・アメリカ合作)には、本人役で友情出演しています。ドキュメンタリー風に撮影された映像に、さらにムヒカが出ていることでリアルさが格段に増していて、最後にフィクションだと表記が出てホッとしたほど。ムヒカの言葉のはしばしからも感じますが、この映画に大統領本人役として出演するという、彼のユーモアのセンスはぶっ飛びではないでしょうか!そして本文によると、ムヒカは、少なくとも今世紀の半ばまでには、大麻が完全に合法化されるだろうと予測しいるそうです。

 

彼は確かに、異端児(オベハ・ネグラ)と言われるでしょう。周りのみんなには、早すぎて見えないのかもしれません。彼の進んだ考え方についていけないのかもしれません。本書を読んで私は、彼が周りより進んでいる、彼には先見の明があるということを知るに至りました。ちなみに、彼の大統領としての最後の訪問国は、福祉国家フィンランド。夕食をとりながら、著者たちにこう語ったのでした。

「私たちは消費主義やうわべだけの人生との戦いに負けている。もし若い世代にどんな財産を残してやれるか選べるのなら、彼らが本物の人生にもっと多くの時間を費やせるようにしてやりたいと思う」p287

 

また、任期の終わりが近づいた頃、

ムヒカは私たちに決して「生きる喜びを全身で深く感じること」を止めてはならないと、いつもより情熱的に語った。p21

 

ジャーナリストである二人の著者は、稀有の存在であるムヒカのありのままの姿を伝える、素晴らしい使者だと思いました。そして、ムヒカを知るにあたり、政治家にはこうあってほしいものだと思うのでした。